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大澤紀代美

刺繍を通じて 人を、産業を、世界を、愛でつないだ60年

横振り刺繍作家 大澤紀代美

まるで筆で絵を描くように、ミシンの針が上下するごとに美しい模様が刺繍されていく。“横振り刺繍”という言葉に馴染みがない方でも“スカジャンの背中にある刺繍”と聞けばピンとくる方が多いかもしれません。

横須賀で日本に駐留している軍人向けのお土産として人気が出たスカジャンの発祥は、繊維産地の群馬県・桐生市にあるといわれています。

背中一面に縫われた龍の横振り刺繍(大澤紀代美さん作)

桐生市を拠点に長年にわたって活動を続ける大澤紀代美さんは、刺繍作家として初めて黄綬褒章を受賞した横振り刺繍の第一人者。1980年代から90年代には、故・山本寛斎氏やドン小西氏ら日本人トップデザイナーが大澤さんの感性と技術を頼り、ブランドの独自表現に磨きをかけ世界の舞台へと駆け上がっていきました。

今回、大澤さんのアトリエにてお邪魔して、いろいろなお話しをお聞きすることができました。

インタビューに答える大澤紀代美さん

横振り刺繍に使われる専用のミシンは、一般に普及するミシンの操作に加えて、膝でレバーを操作して針の左右の振り幅を調整するもの。しかも”押さえ”がないため、フリーハンドでの精密なタッチが求められます。ただ絵柄を糸で塗りつぶすのではなく、糸がもっとも魅力的に見える角度などを細かく気遣って針を通すことができるので、仕上がった絵も生き生きと浮き上がってきます。一方で、“自由”であるが故に、その技術の習得には10年近くの年月がかかることもあるそうです。

横振り刺繍による肖像画(大澤紀代美さん作)

その道60年以上、数多くの勲章を受賞…ともなれば、近寄りがたい人物像を想像しがちですが、大澤さんのまわりにはつねに人が絶えません。刺繍ファンはもちろん、若い弟子入り志願者から海外メディアまで、“大澤紀代美”の魅力に惹かれた人たちが多く訪れます。

実際にお話しをしていると、その歯に衣着せぬ気持ちの良い話しぶりに引き込まれ、いつのまにかファンになってしまうから不思議です。

見えないからこそ見える優しくまっすぐな世界

そんな大澤さんの懐の深さをつくってきたのが、ご本人が「どん底」だったと語る若き日の経験。あふれる才能を糧に19歳で会社を設立、一時は50人ほどの社員を雇うまでに成長しました。しかし、1972年、経営をともにした父親の急死をきっかけに会社は解散、翌年には自身も大病を患い左目の視力を失います。

大澤紀代美さんが30代の頃の取材記事

一度は絶望を味わいながらも来る日も来る日もミシンを踏み続けて至った達人の境地。目が見えないからこそ、全身の感覚を研ぎ澄まして目の前の物事に対峙し続けた結果、つねに俯瞰で世界を見つめ、その本質に目を向ける特殊な能力を身に付けることができたのかもしれません。だからこそ、彼女の言葉には一点の曇りもなく、人の心にすっと入ってくるのでしょう。

「私は嘘が言えないの」と笑う大澤さん。キャリアを捨てて横振り刺繍の道に進みたいという入門希望者に対して「あなたは今の仕事を続けたほうがいい」と断ることもしばしば。しかし、その相手にでさえ「これで私と縁が切れるわけじゃないんだから」と、末長い付き合いを厭わず手を差し伸べます。

すべての個性に寄り添い、刺繍業界の未来を想う

大澤さんは、機械にはできない表現を生みだす”アーティスト”であると同時に、アパレルデザイナーに寄り添い、そのデザインを刺繍表現に落とし込む、ビジネスとアートの橋渡しを担う”技術者”でもあります。

刺繍糸メーカー等、業界内からの信頼も厚く「特許をとっておけば今頃大金持ちだったのにね(笑)」と言うほど、刺繍針の構造や工業用刺繍糸の巻き方など、大澤さんが試行錯誤、創意工夫するなかで生まれたアイデアが、現在の業界標準になっているものもあります。

横振りミシンで刺繍する大澤紀代美さん

もうひとつ大澤さんを語る上で欠かせないのが、「この街で生まれなかったら今の私はない」という地元・桐生市の存在。かつて街を歩けばそこかしこから機を織る音が聞こえたほど、桐生には織物や撚糸、染めにいたるまでさまざまな魅力が集まっています。

現在その桐生市の繊維産業は衰退の一途を辿っています。繊維産業に携わる多くの会社が、かつては目の前にあるオーダーに応えるだけで充分な売り上げがありました。しかし、多くの仕事が海外に移行するにつれて、その輝きが失われていったのです。その後時代は流れ、個での発信が容易になった今、自社での企画をファクトリーブランドとして直接市外に届ける企業も増えてきました。

横振り刺繍による多種多様な作品

しかし、そんな時代にあっても大澤さんは、新しい発想、斬新な企画を強要しません。「下請けは下請けでいいのよ。世界の工場になればいいじゃない。一人ひとりみんな個性があるんだから、発注主が満足するものをひたむきに製作してあげる人も必要なの」と、すべての個性を受け入れ、それらを尊重した言葉を送ります。

「桐生の宝は“人”だと思う。DNAレベルでものづくりの文化が浸透しているのよ」と大澤さん。

その可能性を後押しするように訪れた“個と個が直接的に繋がることができる時代”。新しいつながりによって生まれ出る芽吹きは、意外とすぐ近くにありそうです。

そして、その鍵を握り、重要なつなぎ役となるのが、大澤さんをはじめとした魅力あふれる“人”なのかもしれません。

大澤紀代美さんの横振り刺繍が動画ご覧になれます

文:ライターTomoaki Hoshino